スタイリスト私物という現象



コラボレーションという言葉が出たのは1990年代後半くらいだろうか。
一部の人は知っていると思うが、同じ種の企業やブランドの垣根を越えた協業は、日本のファッションカルチャーから生まれたというのが定説である。そのカルチャーは「裏原宿」と呼ばれていた。
裏原宿は原宿の裏通りという意味で、この言葉が出てきた頃、その裏通り(キャットストリートやプロペラ通り)になぜか続々と日本のファッションブランドがオープンしたのだった。
その中心にあったのがNOWHERE(現在は#FR2がそこに店を構える)というお店だ。UNDERCOVERの高橋盾と元A BATHING APE®で現HUMAN MADEのNIGO®が作った店。
この店は元は宝島だったかの雑誌の企画から端を発したイロモノだったのだけど、当時で言うGOODENOUGHの藤原ヒロシとTINY PUNKSの高木完の人気連載企画「LAST ORGY」を引き継ぐ形で2人が取り上げられた影響下にもあったせいか、オープンしてから2年ほどで行列ができる人気店になった。
高橋盾は最初からUNDERCOVER(レディース)を販売し、NIGO®は古着を買い付けて販売していた。半年後くらいにA BATHING APE®を立ち上げることとなる。

2人はモードとストリートという全く別のファッションのベクトルを、仲がいいというだけでひとつの店にまとめてしまっていたのだ。
本来であれば同じテイストの洋服を扱うのが店の慣例だったはずだ。しかし、新しいジェネレーションにはそういう観点よりも、一緒にいて楽しい、面白い、そういう価値が大切だった。

徐々に他にもお店ができてきて、そこは一つのコミュニティを形成していった。ご近所付き合いの延長線上には、お互いをリスペクトする関係が生まれた。
そこでできたのが「Wネーム」と呼ばれる商品だ。

例えば「UNDERCOVER☓A BATHING APE®」「NEIGHBORHOOD☓PORTER」「GOODENOUGH☓SUPREME」。
ダブルネームはこの世にほとんど存在しないものだった。もちろん、ROLEX☓TIFFANYや、G-SHOCK☓イルカ・クジラみたいに存在していないわけではなかった。しかし同じ業種で、というのはもしかしたら本当に無かったのかもしれないし、ましてや利益目的ではなく「仲が良いから」「面白そうだから」なんて観点では少なくとも無かったところを見るに発明のようなものだったんだと思う。

後にそれは「コラボレーション」と名前を変えることとなり、今では当たり前の現象に落ち着いた。Wネームとは本質的に異なるものだけど、ほぼ同一の使われようである。
日本におけるファッションシーンでは一部その根幹は受け継がれ、今も行列ができるほどの人気ぶり。ECでは秒で完売するなんてこともザラだ。
例を挙げると枚挙に暇がないので、ここでは大幅に省くことにする。

時は進んで、2017年だったか、謎のプロジェクトがアチラコチラで浮上することとなる。
それが「スタイリスト私物」である。







スタイリスト私物とは




スタイリスト私物は日本のスタイリストの重鎮(と言われるのは嫌だそう)、山本康一郎(1985年よりスタイリスト活動開始)が立ち上げたプロジェクト。ブランドと呼ぶのとはちょっと違う。
スタイリスト私物という名前からもアイロニカルな雰囲気たっぷりに感じ取れるが、よくファッション誌のキャプションなんかで全身ブランドものの名前が書いてあるのに、靴や小物だけ「スタイリスト私物」と書いてあるアレをそのままに表現した名前である。要するにコンセプトは「山本康一郎の私物」ということになる。「雑誌のキャプションを困らせたい」とも発言している。

スタイリスト私物では、全く新しい商品を作り出すことはほとんどしておらず(たまにある)、既存のブランドの既存の商品に山本康一郎味の足し算引き算によって作られることが多い。
本人は「常連客のわがまま」と形容する。つまり、既存のモノや作っている人が好きだからというリスペクトがそこには存在していると言える。
ほんの少し味付けや食べ方をアレンジして、新しいお客さんに提供しようという試み。いきなり高級ホテルのシェフが定食屋に味付けを指南する感じとは違って、孤独のグルメよろしく、焼き鳥屋のつくねを生のピーマンで包んで食べ始めた常連の発想に近いだろう。
常連の方が美味い食べ方を知り尽くしているのだ。

山本康一郎の実績ともなれば審美眼に間違いはないと、ちょっと洋服をかじった人なら誰もが思うはず。結局その予想を遥かに超えた人気ぶりである。
発表すれば行列ができ、ECは秒で完売するのが普通となっている。

ちなみに商品には「スタイリスト私物」と書かれたステッカーが付属するのだが、これを書いたのはアーティストの加賀美健で、デザインしているのはデザイナーの平林奈緒美である。
もう一つ言うなら、スタイリストという職業柄、黒子に徹したいという本人の思いから、商品はネイビーかブラックがほとんどである。

お客さんのためじゃなく、自分のために自分の使いやすいようにアレンジしているところがスタイリスト私物たる所以とも言えるだろう。
「お客様のためにお客様のことを考えて〜」と徹頭徹尾お客様ファーストに考えるのが常だが、Wネームの醍醐味とも言える「自分たちがこうしたいから」がプロダクトに反映され、自分を含めたユーザーにはそれこそが魅力的に見えるのではないだろうか。







スタイリスト私物の方法論




スタイリスト私物はウェブサイトを持たず、本人が運用するInstagram(@stylistshibutsu)が発信源。2019年1月現在、約4万人のフォロワーが存在する。
スタイリスト私物が好きな人たちは、山本康一郎という名前ももしかすると知らないかもしれない。でも本人はそれで良いのかもしれない。
先程書いたように、スタイリストは本来裏方の仕事であり、本人が前に出る必要はなく、本人がスタイリングしたものが世に出れば良い。そういう意味で、スタイリスト私物は本人のことなどどうでも良いと考えられる(山本康一郎本人のInstagramアカウントは現在非公開でプライベート化している)。
一方でネット上でユーザーたちとの繋がりをもち、たまにコメントなんかも残していってくれるあたりに人の良さも感じる。

また、コラボレーション相手もAURALEE、NOWHOW、nonnative、UNIVERSAL PRODUCT、foot the coacher、Graphpaper、Goldwinといった今をときめくブランドであるところは、10代20代を中心に盛り上げるInstagramとの相性も良いとも思える(中目黒界隈がやたら多い)。

スタイリスト私物というネーミングもウケている。いかにもカッコつけた横文字でないところが「らしい」のだが、私物にステッカーを貼るだけでギャグっぽくなり、同時に認知度が高まるのは上手い手法だ。iPhoneの背面に使うのが最も多いのかと思うが、それ以外にもパソコンやノートやバッグ。大仰に額縁に一枚入れてなんてのもnonnativeの直営店であるvendorで見る。
なぜか目に留まる。ちょっと笑える。そんな空気を醸し出すのが非常に上手い。今の時代の宣伝的方法論に則ったやり方ではないだろうか。本人がそれを気にしてはいないと思うが、商品そのものも十分魅力的だが、そういった空気感が支持されている大きなポイントだと感じる。







加熱する人気




つい先日、nonnative☓スタイリスト私物による新型のフリースジャケット、フリースパンツ、gramicci製クライミングパンツの3つが直営店及びECにて発売された。
スタイリスト私物によるコラボレーションは2度目となる。前回はgramicci製クライミングパンツ、Tシャツ、ウォレットなどが発売された。
僕は以前よりnonnativeが好きで、何年も前に☓gramicciのパンツも買ったこともある。今回のモデルは前回のコラボを更にブラッシュアップしたとあって、発売時間にパソコンの前に張り付いた。エラーが何度も起きる中で少しずつカートの中を進み、ようやく注文できた。
こういう経験は今回のことだけに限らず、多くの注目商品の場合に起きる現象なので、今更驚いたりはしない。だが買えることは極端に少ないのだ。

なぜこんなにも買えないのか。理由は単純で需要よりも供給が極端に少ないからだ。
もともとこれらの単発的なコラボモノによって利益を得ようというのはあまり考えていないだろう。考えていれば生産数を増やせばいいのだ。だが、それをしないのは商品価値、ブランド価値の方が重要だからである。たくさんの人の手に渡ってほしい気持ちはあると思うが、リスクも考えなければならない。なんせコラボモノは在庫を残すとみっともない。
だから必要以上に販売したりはしない。その代わり利益はそこまで出なくてもいい。

ぶっちゃけた話、nonnative☓gramicciはもう何年も販売しているため、最初の数年こそめちゃくちゃ売れたものの、今に至る途中の一時期に完売のスピードが低迷したことがある。何年だったか忘れたが。
素材・色違いなどはあったとはいえ同じモデルを販売し続けると、売上は下がる。これは至極真っ当なことだ。供給が需要を追い越してしまった。
そこで、一般的にはマイナーチェンジをしたり、コラボをしたりでモデルを継続していくのだが、nonnativeも後半盛り返し、また手に入りにくい状態ではあった。
ことスタイリスト私物モデルに関しては類を見ないスピードだった。
余談であった。

注文後、並んだ人はどんな感じだろうとInstagramを覗いてみると悲喜こもごもである。SUPREMEほどでないにせよ、買えない人の嘆きはリアルで買えなかった今までの自分のことのようにも思えた。
中でもこれらの現象を正直に発言したブログを書いている人の文章を読んでみると「わかるわかる」といった具合で、およそ他人事ではなかった。
あるいは自分は本当のファンで、ただのミーハーとは違うんだ。そんな選民思想が少なからずあるのかもしれない。人気が人気を呼ぶのは方程式であるため、一部は純粋なファンでも一部は「人気だから好き」な層であることは間違いないのだ。
しかし、今の時代こそそういった加熱方法が主流である。そうして、それを見越したごく一部の転売目的の人が倍以上の値をつけて購入と同時にメルカリに流す時代になってしまった。しかも購入されてしまうのだ。ある種、目の付け所がいい人たちだ。







転売


少し話が逸れる。
転売は良いことか悪いことか。決着がつく見込みのない話が長らく続いている。

まずもって、今言われている転売の定義からいくと「あらかじめ利益を上乗せする目的で商品を買い付け、販売すること」。これに間違いはないだろう。
利益が出ないと思うものを買い付けたりはしない。ボランティアじゃないんだから。
とすれば、「サイズが合わなかった」や「買ったけど使いみちがなかった」といったものは転売とは言えない(ただ大義名分にはよく使われる)。
また、使う目的で買ったけど理由があって売ることになった。その時、相場が高いために低下より高く販売した。これも転売と呼ばない。

一部では「お店では買えないから、並んで買ってくれた人への手数料として許せる」という考えから、多少高くても売ってくれる人には感謝している人も見受けられる。そういう考え方もできる。
買い付けた側の意見としては「海外のブランドを買い付けるのと同じ」であったり「店が商品を仕入れて売るのと変わらない」という声も聞いたことがある。

個人的な意見としては「転売は良くないこと」と思っている。
根本的に「転売」は「仕入れ」とは全く異なるものだと理解しなければならない。

メーカーやブランドは、買い付ける相手との信用のもとで契約して卸している。
例えばRolexはRolexを卸す先を選ぶ権利がある。お店の経営状況や考え方や規模などたくさんの情報を得て、卸してもいいかどうかを吟味し、ブランドのイメージや理念に反するところならNGを出す。当然な話である。
別にRolexでなくてもいい。nonnativeがしまむらに卸すかといえば卸さないだろう。メーカーには自分たちの価値を守る義務があるため、信頼や信用のもとブランドのイメージを損ねないようにコントロールするのが普通だ。

これを転売に置き換えるなら、転売目的の買い付けは「仕入れ」にあたらず、相互理解もない状態である。
その人が一人買わなかっただけで、正当な対価で買える人が一人救われたはずだった。だがその穴を自らの利益のために埋めてしまった。
このことから「良くない」と考えている。

ただし、「転売目的」での買い付けではない購入をし、その商品を高値で売るのは「良い」と考えている。それは、自分が利益を得るために買ったわけではないから。
メルカリなどでそれを線引きするのは多くの場合において無理だが、発売日と同時にアップしているものは転売とみなして間違いないだろう。彼らは良くないユーザーだと思う。

一方で転売されるくらい人気であるというバロメーターにもなっている点で、メーカー・ユーザー問わず評価される部分もある。
一長一短であるが、自分の利益のために誰かが被る必要のない損をしていることは事実である。






ノンネグラミチを見るポイント




話を戻そうと思う。
今回買うことができた(nonnative☓gramicci)☓スタイリスト私物について話そうと思う。
いくつものコラボレーションを経て、再度コラボレーションとなった(nonnative☓gramicci)☓スタイリスト私物。このノンネグラミチにはいくつかのバージョンが存在している。
正式名称は「CLIMBER EASY PANTS」という。
BEAUTY&YOUTHやSOPHNET.とのコラボレーションモデルもあるが、正当進化のものはこうだ。

【CLIMBER EASY PANTS (2011年スタート)】
・gramicciのクライミングパンツをベースに、nonnativeオリジナルの細身のテーパードシルエットを落とし込んだ
・生地はコットン97%、ポリウレタン3%のストレッチツイルを使用している(シーズンによって変わるがこれが定番)
・膝にダーツ(立体的に仕上がるよう、つまんで縫うこと)を入れた
・gramicciの初期ロゴを復活させた
・nonnativeのオリジナル刻印が入ったYKK製のスナップボタンをフロントに使った
・フロントファスナーにUNIVERSAL製(これもYKK)のものを使った
・バックポケットは1つ
・裾にドローコード
・片手で外せるウェビングベルト付属
・開脚をサポートするガゼットクロッチ
・ウエストにゴム入り
・日本製

【CLIMBER EASY PANTS 2 (2016年アップデート)】
・シルエットを1と変更。主に股上が浅くなった。テーパードはやや緩く、レングスは少し長くなった
・バックポケットは2つ
・ダーツの数の変更。4つから2つに






2016年からはBEAUTY&YOUTH別注が主となり、山本康一郎はそれを愛用したため、コラボレーションに発展。
スタイリスト私物ではこの2ndモデルのBEAUTY&YOUTH別注に別注をかけた。



【CLIMBER EASY PANTS 1.5 (2017年)】
・「2」をベースにスタイリスト私物別注「1.5」に
・「DICROS MAURI(薄手/軽量/撥水/伸縮機能をもつというポリエステルツイル)」を使用
・シルエットは「1」だが、ポケットは2つ付いたハイブリッドなディテール

【CLIMBER EASY PANTS 2.0 (2019年)】
・1.0をベースにシルエットを調整、主に膝下が細くなった
・「Pliantex(防風/伸縮/撥水/蒸散機能をもつポリエステルツイル)」を使用


いかに細かな注文で仕上がっていったかが分かるだろうか。
素材はもちろん全く違うとはいえ、シルエットの差はファン以外には分からないだろう。でもそれで良い。できたものがかっこよければ。
はじめから比較するものではないかもしれない。細かな差はオタク心をくすぐるポイントでしかないのだろう。
根本的にはノンネグラミチという完成度が異常に高いことが伺える。そもそも、グラミチコラボは今や山程あるが、発端がnonnativeにあることは業界でもよく知られている。
クライミングパンツというファッションとは全く切り離したところにあるものに目を付け、パンツのシルエットに定評のあるnonnativeが調整したことで一瞬のうちに人気となり、以降不定期でずっと展開しているモデルだ。

ノンネグラミチの利点は、見た目は普通のパンツに見えるんだけど、見た目から想像できないほどの穿き心地の良さ、動きやすさ、タフさにあるだろう。
そして一番はなんといってもシルエットの妙である。
nonnativeのパンツのシルエットを語る上で「テーパード」「膝下が細い」といったキーワードが必ず出てくる。実に独特なシルエットで、別にロゴや過剰なデザインがなくても「それノンネだな」と分かる程度には確立したデザインである。と言いながらも、あくまで普遍的なところがnonnativeのバランス、センスだと思う。
一番その「妙」が表れるのは「DWELLER 5P JEANS」というモデルだが、この「CLIMBER EASY PANTS」も他のグラミチコラボでは絶対に出来上がらないのだ。不思議である。







スタイリスト私物のこれから


色々と書いてきたが、最初の最初に書いた「Wネーム」と呼ばれる考え方が、スタイリスト私物には受け継がれていると思う。
Wネームは互いにリスペクトし合い、損得勘定がなく、自分たちのやりたいことをやる。これが理念だった。
個人的に、こういう協業がもっともっと出てきてほしい。僕が欲しているのは、僕らのことを考えて作ったものだけじゃなくて「自分たちが欲しいもの作ったけど、みんなどう?」なのだ。そこにこそワクワクするものがあるし、オリジナリティがあるし面白さであるのだと思う。
並列化してきている小売の中で、輝くものはそういうものだと思っている。

スタイリスト私物にはそれだけを期待している。





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